紅い青空



「お早うございます。おや?今日はみんな揃っていますね」

「おはよー、みんな♪彰人、聞こえたよ、朝の叫び声。」

彰人たちが朝食を運んでいると、腰まである髪を結わきながら師範が入ってきた。その後ろには奥さんの院長もいる。

「あ、お早う師範、院長。今呼ぼうと思ってたの。朝ごはん出来たからそこに座っててね」

食堂に来た2人に対して咲季が答える。師範は部屋の匂いを嗅いで苦笑いを浮かべた。

「咲季さん、また何か焦がしましたね。ダメですよ、彰人君も大変なんですから」

「大丈夫だよ師範。僕はもう慣れたから。今回も多分大丈夫さ」

「もー、彰人まで酷いじゃない。だからさっきからゴメンねって言ってるでしょ。
それにあたしだって料理くらい出来るようになりたいの」

咲季は頬を膨らませて師範と彰人に文句を言う。彰人は笑って、

「分かってるって。それより早く朝ごはんにしよう。ほら、孝太達だって、もう座って待ってるんだから」

「そうだよ、早く座った座った♪」

院長に促され、彰人たちも自らの席に座った。


「それでは皆さん、いただきます」

『いただきまーす』

師範の声と共に、みんな一斉に手を付け始める。今日のおかずは焼き魚と玉子焼き、それに漬物。

みんなが時折おしゃべりを交えながら食べる中、炭になった魚を口に入れた彰人がその姿からは想像もつかないような生臭さから、

「ヴッ!」

と言ううめき声と共に動きが止まった。

「彰人兄ちゃん、大丈夫!?」

「無理なら止めた方がいいですよ」

それを見て心配した師範や孤児院の子供達が口々に声を掛けるが、彰人は「大丈夫、中が生だけど何とか食べられるよ」と言って黙々と魚を口に運び続けた。

「はぁ、凄いぞ咲季。外が炭で中が生の魚なんて普通はできないぞ」

「孝太酷いわよ!でも彰人、ホントに無理しなくて良いのよ?」

「だから大丈夫だって。それにもう食べ終わるよ」

そういって彰人は最後の一口を口に放り込んだ。それを見ていたみんなが「オォー……」と、感嘆の声を上げる。

「よく食べたな、彰人。俺なら絶対食わなかった」

「彰人、ありがとね……」

さっきとは正反対の2人の言葉に、今度は少し恥ずかしそうに頬をかいた。


「皆さん食べ終わりましたね?それでは皆さん、ごちそうさまでした」

『ごちそうさまでしたー』

「お粗末さまでした」

みんなの声に孝太が応えた後、師範は彰人たち3人の方を向いて口を開いた。

「そういえば、彰人君達が高校で使うための教科書を取りに行く日は今日でしたよね?」

「あぁ、そういえばそうだった。すっかり忘れてた」

「あたしも忘れてた……なんで今日なのかしら。教科書なら入学式の後で良いのに」

「お前ら2人とも、なんでそんな大事なことを忘れられるんだ」

師範の言葉で今日が大事な日という事を思い出した2人に対して孝太が呆れたように言った。

彰人達は現在15歳。後4日でここから約5km程にある虹の川学園に入学する事になっている。

そして今日はその学園で使う教科書を校舎まで取りに行く日だ。最も、彰人と咲季は忘れていたが……

そんな2人へ孝太のお説教が続く。

「大体なぁ、2人とも教科書なしでどうやって勉強するつもりだったんだ?特に彰人!お前は偏差値や内申点もギリギリだっただろう?」

「うっ……確かに……」

「それに咲季も!英語以外は彰人と同じような物だっただろう?」

「そこまでは悪くないわよ……とりあえず全教科50点位は……」

孝太の容赦ない攻撃に2人は成す術も無く、ただうなだれながら聞く事しか出来なかった。

「孝太君、もう止めてあげてはどうです?それよりも何時ごろに取りに行くんですか?私と院長も買物があるんで一緒に行きますから」

「ま、今回は師範に免じてこの位にしとくか。時間はそうだな……よし、9時半に孤児院を出るぞ」

師範の仲裁により難を逃れた彰人と咲季はチャンスとばかりに、「「了解」」と応えるとそのままそそくさと自分の部屋に退場した。

「2人ともー遅れちゃ駄目だよー♪」

「彰人君に咲季さん、帰ったら稽古ですからね。忘れないでくださいよ。孝太君もいいですね?」

院長の声に続いて師範は部屋に戻ろうとする2人に指示をした後、目の前に居る孝太にも了承を求めた。

孝太はそれに、「了解」と先ほどの2人と同じ返事を返すと自分も部屋へ戻っていった。


「そういえば、買物って言うけど一体何を買うつもりなの?」

3人の気配が完全に消えた後、院長が言った質問に師範は苦笑いを浮かべながら答えた。

「いえ、特に買いたい物がある訳ではないんですよ。ただ、ちょっと胸騒ぎがしましてね。一応彰人君達の武器を持って付いていこうと思ったんです。まぁ、何もなければ一緒に夕飯の材料でも買いましょうよ」

「胸騒ぎって……裏の人たちが昼間に出てくることは滅多に無いわよ。それとも……まさか伊耶那美(いざなみ)や八雷神(やくさのいかづち)が絡むって事は無いでしょ」

「そこまでは流石に判りませんよ。……本当ならこんな予感は外れてくれたほうが良いんですけどね。私の胸騒ぎは割りと当たってしまうんですよ」

そう話す師範の顔は、いつの間にか悲しげな微笑に変わっていた。







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