紅い青空



それから約4時間後、虹の川市の中央にある虹の川学園の玄関から

他の新入生に混じって彰人たちが出て来た。

どの新入生も大きな紙袋を持っているのに対し、咲季と孝太はその中を手ぶらで歩いていた。

咲季はすぐ後ろを歩く彰人に振り返り口を開いた。

「全く、こんなに遅くなったのは彰人の所為だからね。」

「だから悪かったって言ってるだろ?だからこうして2人の分の荷物も持ってるんじゃないか」

今から3時間ほど前、自分の部屋に戻った彰人は昨夜の寝不足が祟って2度寝をしてしまい

約束の時間に30分も遅れてしまった。

当然彰人以外は定時に集合していたのだが、彰人が余りにも遅いので全員で見に行った結果

自分のベッドに崩れるようにして眠っている彰人を発見。

朝と同じように咲季が叩き起こし今に至る。


孝太はまだ人がそんなに居ないであろう時間を選んで9時半を指定したのだが

この遅刻のせいで50人を超える長蛇の列を並ばなければいけなくなった。

咲季が怒るのも無理ないだろう。現に孝太もイライラを隠せないでいる。

正門で待っていた師範と院長は、そんな彰人達を見つけると軽く手を上げて見せた。

同じように3人も師範達に向けて手を上げ返した。

「お帰りなさい、皆さん。ずいぶん待ったようですね」

「ヤッパリ彰人が遅れちゃったからかなー♪?」

師範と院長は彰人達3人が帰ってくると、彼らに向かってそんな言葉をかけた。

2人とも大きな花柄の買い物袋を2つ持っていて

特に師範は着物を着ていながらそんなものを持っているので、妙にちぐはぐである。

「院長まで……。だからさっきからずっと謝ってるじゃないか…………」

「あはは、ゴメンゴメン彰人。さて、皆の用事も済んだことだし早く買い物に―――――」

「おう、コウじゃないか!何でこんな所にいるんだ?」

突然院長の話を遮って、少年の声が響いた。

その声に孝太が振り返ると、そこには孝太の親友である

港 修一(みなと しゅういち)が少々驚いたような顔をしつつも

嬉しそうに手を振っていた。

修一は虹の川学園に入学する彰人たちとは違い

水無月町(みなづきちょう)にある五月晴工業高校に

通うことになっている。

中学時代は特に孝太と仲がよく、孤児院にもしばしば顔を出していた。

「修一じゃないか。お前、なんでこんなとこに居るんだ?」


「ついこの間まで受験でご無沙汰だったからちょっとそこのゲーセンで遊んでたんだよ。

やっぱ定期的にいかないと駄目だな。腕が落ちてしょうがなかったぜ!

で、引き上げようとした所にコウやサキ、何故か荷物持ちしてるアキを見つけたって訳だ」

彼は敬愛のしるしだと言って、3人の事をそれぞれ2文字で呼ぶ。

彼に言わせれば「仲のいい奴には常にそう呼ぶ」らしいが

彰人や咲季はもちろん孝太ですら

自分たち3人以外に修一がそう呼ぶのを聞いたことが無い。

修一は孝太の質問にそう答えると、そのまま孝太に対して

正確には孝太と後ろに居る師範、院長に対して

「コウたちはどうせそのアキが持ってる荷物をこの学校に取りに来たんだろ?

それなら帰りにコウ達のところに寄ってっていいスか?おじさん、おばさん!」

「もちろんいいですよ修一君。

どうせなら晩御飯も食べていきますか?

ちょうど今から買いに行くところですしね」

修一の願い出に快く了承した師範は、彼に向かってそう告げた。

この言葉に修一は歓喜して、

「マジスか!?コウの飯は旨いからな。ありがとうございます!」

小躍りしながらそういうと、修一は師範と院長に向かって頭を下げた。

そんな彼を見て彰人は苦笑しながら

「修一、夕飯はいいから早く買い物して帰ろうよ。

修一はどうか知らないけど僕らはまだ昼も食べてないし

孤児院のみんなだって…………!?」

突然彰人の顔が強張った。

しかし、それも一瞬のことで、次の瞬間にはもう何事も無かったかのように

もとの顔に戻っていた。

それを見た師範は、一体何があったのか分かっていない修一に対して声を掛けた。

「修一君、すみませんが院長と先に行っていて下さい。

私は彼らとちょっと話がありますので」

「え?あ、分かりました。行きましょうおばさん」

そういって修一は歩き出そうとしたが院長は

「ゴメンね、ちょっと待ってて♪」

と言って咲季の方へ歩き出した。

しかし、咲季の元へ着いた院長は特に何もせずに

一瞬手を動かしただけで戻ってきて

「おっけー!さぁ、いこっか♪」

と言って歩き出してしまった。

修一と院長が後ろを向いたのを確認すると、師範は彰人たちの方へ歩いてきた。

「何人ですか?」

「2人だよ。それにしても……珍しいな、昼に出るなんて」

唐突に聞いた師範に対し、その言葉に含まれている意味を全て知っている彰人はそう答えた。

「どうするの?あたしはさっき院長からいつもの篭手もらったけど

彰人や孝太はなにも持ってないでしょ?なんなら私が先に行って……」

咲季は先ほど院長と接近したその一瞬で篭手を渡されていた。

その証拠に今咲季は鉄製の篭手を着けている真っ最中だ。

師範は篭手を着けながら話す咲季を手で制した。

「大丈夫です、彰人君の分は私が持っています。

残念ながら孝太君のは流石に持って来られませんでしたが

この気配の大きさなら2人でも十分でしょう。」

そういって師範は一瞬だけ着物の袖を上下させた。

すると、左右の袖口から1本ずつ、60センチほどの刀が出てきた。

今まで師範は袖の中に長い棒を入れたままここまで来ていた事になる。

しかし、そのような素振りは全く見せなかった。
彰人はそんな師範に少々驚きながらも「ありがとう」と、それを受け取って自分の袖に入れたが、やはり少しぎこちなくなってしまった。

「俺だってあれが使えるようになればいつでも装備できるのに…

…頼んだぞ、彰人、咲季。修一は俺が何とか誤魔化しておく」

悔しがりながらそういう孝太に2人は目だけで頷くと院長達とは逆の方向に

物凄い速さで走ってゆき、約5秒で見えなくなった。

それを見送っていた孝太に対し、師範が

「さぁ、私達も行きますよ。今日は修一君も居ますし

それに2人の為にも沢山作ってあげなくてはいけませんからね。

沢山荷物がありますよ」

そういうと、師範はスタスタと修一たちの方へ歩き出してしまった。

孝太は不思議だった。

いくら荷物が増えるといっても、2人がいつもより腹を空かせ

修一が1人増えたというだけでそんなに買い物の量が多くなるわけは無い。

なのに何で師範はあんな事を言ったのだろう。

そう考えた時、孝太は気付いてしまった。

先ほどまで彰人が持っていた物を。

そしてその彰人は今は居ない事を。

「……これ、俺が持つのか?」

3人分の教材を見ながら呟いた孝太の声は誰にも聞こえなかった。








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